「サイドストーリー」とは本編の補足的な物語であり、本編に対しては「番外編」などとも呼ばれ、メインストーリーの世界観や楽しみを広げるために語られるものだ。当サイトのSide Storyは、ここではない別の世界線での話をいろいろなスタイルで自由に語っていく。わかりやすく言い換えれば、空想の話、架空の話ということになる。
しかしながらそんなふうに前置きしながらも、Side Storyの最初の記事は「実際にあった話」である。その理由は後述する。
私は2021年にそれまで勤めていたプロダクション(以下Nとする)を辞め、フリーのデザイナーとして独立した。プロダクションNにはおよそ20年以上在籍したのだが、独立にあたってNの創業者であるAさんに相談していた。Aさんは、私がNに入社したときの社長で、当時は経営をやりながら営業もするしデザインのディレクションもしていた。年齢は父より少し上ぐらい。私がAさんと一緒に仕事したのは10年間ほどだったが、引退後もときどき会ってお茶を飲む関係が続いた。デザインという仕事について、プロダクションの経営について、時代の変化への適応について、さまざまなことを教わった。私の中でAさんは先生のような存在だった。Aさんは会社の先行きやメンバーのことをずっと気にかけていて、会うといつも細かく様子を訊かれた。
私が独立した当時はコロナ禍後で色々な企業で社員の副業を認めたり、辞めて独立する人の話がたびたび耳に入ったり、より自由な働き方を求める動きが目立っていた。結果的に私もその流行に乗ったかたちだ。昔からデザイナーは色々なプロダクションを渡り歩いて成長するものとされていたが、私は保守的な性格も手伝ってそういう定番のキャリアを辿ることはなかった。20年以上一つの制作会社にとどまるケースはなかなか珍しいのではないかと思う。そんな私からすれば、独立して自分のデザイン事務所を構えるというのは別の世界線の物語として夢想することはあれど、現実にはありえないことだった。だからNX DESIGNがあるこの世界は、過去の私にとってのまごうかたなきSide Storyでもある。
私は新たに始めるデザイン事務所に、創業者であるAさんの意志を継いだ印を残したいと考えた。それは右も左もわからない何もできなかった私をこの業界に入れてくれたこと、現役中も引退後もずっと気にかけてくれて色々な話をしてくれたこと、その感謝と敬意を表したかったからだ。
NX DESIGNという社名には、Aさんがつくった会社名の一部が含まれている。さらにもう一つ、私はわがままを言って、ロゴのディレクションもお願いできないかと相談したところ快諾いただいた。特徴的なNのかたちは、Aさんのお気に入りのポイントである。
開業後、落ち着いた頃にAさんにお礼状を書いた。あまり公開するものではないが、文面は当時の自分の気持ちを一字一句吟味して率直にあらわしたものであり、初心を忘れないでいるためにもここに掲出する次第である(実際には、画像とは異なる私的な便箋に手書きで書いている)。
